君の街の図書館の、
一番静かな自習エリアへ行って、
わざとむつかしい顔で座るといい。
試験前の学生であるとか、
英字新聞を読む大人に雑じって、
誰より難儀そうに辞書を開くといい。
誰のために置いてあるかさえ分からないような、
何一つ用語を知らない専門の辞書があると尚いい。
そいつを片手で捲ったり擦ったりしながら、
徐に壁新聞用の模造紙と、
金色のイニシャルの入った万年筆を取り出して、
巨大なうんこの絵を描くと、
空気の成分の変わるのが分かるだらう。
どこからか息を呑む音が聴こえてくる。
君はもっともらしく寄せた眉根を崩さぬように、
巨大なうんこの絵を描き続ける。
今この周囲三メートルで誰より真摯にとぐろを描く。
開いた辞書の適当な用語を注釈として横に書く。
うんこの弧の長さを求める式を書く。
知らない教授の知らない論文を、
過去の資料と照らし合わせながら、
とかく一心にうんこの絵を描く。
さすれば君はこの図書館で、
運が良ければこの街で、
一番静かな馬鹿となる。
そうして君は気付くだらう。
誰に自慢するわけもなく、
ネットに曝すこともなく、
「図書館でうんこの絵を描く」ことが、
存外晴れ晴れするのだと。